山寺へ    石川のり子                                  
 7月初旬、山形県の天童市に一泊旅行した。
 同行の次女とは東京駅の新幹線改札口で6時50分に待ち合わせていた。
 朝4時半に起き、車を最寄りの取手駅に走らせ、駐車場にお願いして、始発の5時53分に乗った。まだ切符を受け取っていなかったので、次女を見つけ、7時12分発の「つばさ123号」に乗り込んだときには、正直ほっとした。
 早い時間にもかかわらず、満席である。
「間に合ってよかったわ。今日はよろしく」
 ホームで買った駅弁を、隣席の次女に渡した。
 次女との旅行は、昨年の金沢に続き2度目である。気楽なパートナーだと思っているらしく、彼より私に声がかかる。
「とにかく、朝ごはんを食べましょうよ」
 新幹線の楽しみは、駅弁を食べること、そんなところも似ていて妙に気持ちが弾んだ。
 天童駅までは、3時間余り、進行方向の窓側は、日が当たって眩しいので、シャターを閉めた。外の風景が全然見えなくなり、目を閉じていると寝入ってしまった。

 山寺は松尾芭蕉の「閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉(せみ)の声」でも有名である。ちょうどひと月前、
「山寺はどうかしら?」
 と、次女に誘われた。不惑を過ぎてから、ときどき気遣ってくれるようになった。
「山寺の近くには、芭蕉記念館があってね、抹茶も飲めるのよ。それに、後藤美術館があって、ヨーロッパ絵画が展示されていて、アール・ヌーヴォーのガラスのランプなど、見所が満載よ」
「いいわね、行ってみたいわ」
 こうして山寺の旅になったのだが、彼女からは、山登りだから歩きやすい靴でね、と念を押された。
 山寺は正しくは宝珠山(ほうじゅさん)立石寺(りっしゃくじ)といい、天台宗のお山であり、中心になる根本中堂は国指定重要文化財である。
 手元のパンフレットを見ると、貞観2年(860)清和天皇の勅願によって慈覚大師(円仁)が開いたとある。一般的には縁切り寺として信仰を集めているらしい。
 次女は学校がミッションスクールだったせいか、お寺に興味があるように思えなかったが、年齢とともに考えが変わるらしい。探りを入れたが特別な意味があってのことではないらしい。
 ともかく立地場所が奇岩、怪石に富んでいる。石段を一段一段踏みしめていくごとに、煩悩が消えて悪縁を払うことができるというのも納得できる。長い年数に数えきれないほどの修行僧や参詣人が踏みしめ、仰いだであろう奇岩を目の当たりにして、思わず手を合わせた。この景観がより一層聖域化させたのではなかろうか。病魔や苦悩を取り除く仏様として信仰されたのである。
 登山口から70段あまり登ったところが入母屋造の根本中堂で、堂内には慈覚大師作の薬師如来坐像が安置されている。山全体がお寺と聞いていたので、たくさんお賽銭を用意してきた。まず、薬師如来坐像に手を合わせ、不滅の法灯(比叡山に灯した火を立石寺に分け、延暦寺が焼打ちされたとき、立石寺が延暦寺に分けた)を拝した。
 ここでは御朱印帳を求め、根本寺で一つ目の御朱印をお願いした。
 いよいよ山門をくぐる。整備されていて昔とは違って歩き易そうに見えるが、大仏殿のある奥之院まで800段あまりあるという。
 娘と日傘を広げて、登り始めた。
 平日なのでさほど参拝者は多くないが、それでも首にタオルを巻いて、赤い顔をした中年の夫婦や言葉の違う若者に出会い、すれ違いざまに軽く会釈を交わした。
 160段ほど登ると、姥堂(うばどう)がある。この本尊は脱衣婆の石像とのことで、ここから下は地獄、上は浄土口、石清水で心身を清めて、石段を一段ずつ上ることにより、欲望や汚れを消滅させ、明るく正しい人間になれるそうだ。せめて気持ちだけは真っ新にしたいと、合掌する。
 片足分くらいしかない狭い四寸道を通り抜け、芭蕉の句の短冊を埋めたとされるせみ塚へ。ほぼ半分ほど登っただろうか。ゆっくり登っているのでさほど疲れないが、足が重くなり、二人とも言葉を発していない。
「お水を持ってくればよかったわね」
 喉が渇いた。
 やがて仁王門、左右に安置された仁王尊像は運慶の弟子たちの作らしい。邪心をもつ人は登ってはいけないと睨んでいる。
 いよいよ御朱印を頂ける性相院だ。慈覚大師の作とされる阿弥陀如来が安置されている。お賽銭をあげて、心を込めてお参りをする。御朱印は呼び鈴を押してお願いする。僧侶が「多聞天」と滑らかな文字で書いてくださる。
 次いで金乗院へ、ここのご本尊は延命地蔵菩薩、傍らの数珠玉を回すことにより真言を唱えるのと同じ功徳が得られるとか、娘と二人でいくつか回した。
 中性院はご本尊が阿弥陀如来、おびんずる様と呼ばれる撫で仏があり、像を撫でると病気が治り、病気にも罹らないというので、頭、肘、足と撫でる。
 山寺の最も奥にある大仏殿には、多少黒ずんだ個所もあるが、輝く金色の阿弥陀如来像が安置されていた。
 そして、華厳院は、慈覚大師が開山の際に住んだところといわれ、大師作の観世院菩薩が本尊として祀られていた。
 所要時間は2時間半ほどだった。下山する際に、五大堂の天下泰平を祈るという道場の展望台から、明媚な山寺の見事なほど真っすぐ伸びた杉の木々、遠くの家々を見下ろした。
 世俗にまみれた心が、浄化されたせいだろうか。かすかな風が気持ちいい。
 夫が亡くなって10年、足腰がしっかりしているうちに霊場めぐりをしたいと次女に告げた。仕事をしている彼女に同行してもらうのは無理かもしれないが……。

 山寺駅のコインロッカーに荷物を預けていたので、受け取りながら、遅いお昼を近くのお蕎麦屋さんで頂いた。