一口随想
     やっと花立一つを ーー
              水品彦平


 半年が過ぎた今でも、マスコミは毎日のように東北地方の被災状況を伝えている。
 避難暮らしからようやく仮設住宅に入れた方々、勤務先もなくなり途方にくれる方々、遠く県外に避難したまま帰る見込みのない原発被災者の方々、その状況の数多くは例えようもなく悲惨である。
 象徴的なのは、もう疲れ切って生きる望みも失せた高齢者のお一人が、
「お墓に避難します」
 という遺書を残して自殺された、九十三歳の女性の話ではなかっただろうか。マスコミも何度となく報道しているが、これほど哀れで悲惨な事例はない。
 かつてわたしは東京に勤務していたことがあるが、同じ職場の後輩で宮城県にUターンしているものがいる。それもとてつもなく多くの死者が出た石巻市へである。
 その後輩は山側に近いところに住んでいてギリギリ津波の難を逃れたというが、その時の状況を何度か知らせてくれていた。叔母と知人の多くが亡くなってしまったと嘆いていた。八月末にもはがきが来た。
「--今年のお盆は大変な忙しさでした。新盆のお宅も多く、そのお宅のお墓に線香を手向けてきたところです。数年前に亡くなった友の墓にうかがったところ、地震と津波で倒れ、押し流され、やっと花立一つを見つけ手を合わせて来ましたーー」
 という内容だった。
 彼は空手の愛好者だった。東京の職場にいた頃からすでに有段者であった。試合ともなると気合の入れ方や声の高さにおいて他を圧倒していた。いつも優勝かそれに次ぐ成績を収めていた。
 だが反面、ナイーブな一面も持ち合わせていた。数人合同で送別される会では、剛健な体型に似合わず人一倍泣きくずれていた。
 そんなことを思い出すと、このはがきの行間から彼の落ち込んでいる姿が浮かび上がってきて少し心配になった。わたしは彼に寄り添う気持ちではがきを出した。
「――○○さん、唐突な言い方ですが長生きしましょう。生きて何ほどのことがあるとも思えませんが、無念極まりなく亡くなっていった方々を思うと、わたしたちはその人達の分まで生きるのが何となく使命のような気がしてきています。おかしいかも知れませんが、そんな感慨にとらわれていますーー」
 彼からはその後返事は来ていない。わたしのはがきに何の反応も抱くことがないなら、それはそれでよいと思っている。
 ただ、これから厳しい冬がやって来る。それまでに被災地の状況が少しでもよくなってくれれば、彼の気持ちもいくらかは明るくなるような感じがするのである。