友人から
                  石川のり子

 6月早々に、高校時代の同級生Y子さんから小包が届いた。両手を差し出して、長方形の薄い包みを受け取ると軽い。そういえば、昨秋、彼女から「絽(ろ)の着物があるけど、着るなら送るわね……」と、言われた。お茶の稽古で真夏でも和服を着ている私は、何枚あってもうれしい。「ありがとう。お願いね」と、返事をしておいた。多分、その着物に違いない。
 彼女とは越後線のディーゼル機関車で柏崎市の高校に通った仲間で、卒業後はそれぞれが進学のため上京した。住所は確認していたので、神奈川県で姉の借りている小さな家に同居した私は、池袋や板橋の友人の下宿先に遊びに行った。親の負担を考えて、地方出身者は姉妹で部屋を借りていた。これといったアルバイトもせず学生生活を送っていたのは、贅沢(ぜいたく)をしなかったからだろう。就職をして自立することが親への恩返しと思っていたので、羽目を外すようなことはなかった。
 彼女は、短大を卒業して幼稚園で働いていた。私は教職と司書の資格を取り、図書館で働いていたが、結婚が決まり、連絡すると、式をあげた新小岩の教会に、4人が来てくれた。新生活を始めた世田谷の夫の実家にも遊びに来てもらった。その後、子育てなどが忙しく、疎遠になった。
 ただ年賀状だけは交換していたので、住所だけは把握していた。
 彼女がご主人の仕事の関係で、福島県の喜多方市に住んでいたころ、友人3人とお邪魔したことがあった。このころ私たちは、子どもが中高生になり、多少は自由時間ができて、地元での同級会に出席した。これがきっかけで、年に1回ほど会っておしゃべりをするようになった。
 11月になり、幹事のY子さんからの連絡を待っていたところ、末っ子が高校3年生で、ご主人は単身赴任、大型犬のシベリアンハスキーもいるので、喜多方まで来てくれるなら宿は提供する、と知らせがあった。私たちも喜多方は初めてだったので、遠慮なく一泊させてもらうことにした。
 二階で勉強している息子さんのことを忘れて夜遅くまで話していると、居間をノックする音がして、「声が大きいよ。近所まで聞こえてるよ」と注意された。私たちはいっせいに声を潜め、「気がつかずにいて、ごめんなさい」と謝った。
 時計は12時を回っていた。今ではそんな元気はないのだけれど、我勝ちに喉が痛くなるほど、一年分を報告し合ったのだ。
 Y子さんの器用さは仲間内でも有名で、美大に進み友禅染の仕事をしていた同郷のJ子さんと手仕事のアルバイトもしていた。写真で見せてもらったが、長女の振袖はJ子さんにデザインしてもらって仕立てていた。
 このとき、Y子さん宅からバスで、鶴ヶ城に行った。大河ドラマの『八重の桜』で鉄砲の打ち合いの場面があり、「あそこに行ったのよ」と、娘に自慢した。

 期待で胸を弾ませて、段ボールの包みを解くと、畳紙(たとうがみ)から涼しげな青色に萩の葉の地紋の絽の着物が見えた。長襦袢も添えてある。まだ袖を通していないので、仕付け糸がついたままだ。
 私たちは高校時代に、授業で浴衣(ゆかた)を縫ったのだから、単衣(ひとえ)なら縫えるはずなのだが、私は不器用で、和裁の教師をしていた母に手伝ってもらっていたので、いまだに着物は縫えない。
 丁寧に縫ってある着物を広げて羽織ってみると、寸法はちょうどいい。透けて見える長襦袢の白が、いかにも涼しそうで、これで暑い夏の稽古も乗り切れそうだ。手持ちの夏の帯を頭に思い浮かべて、組み合わせを考えると気持ちが弾んできた。
 荷物の中には、着物に合わせた手提げ袋も入っていた。至れり尽くせりだ。これも手作りだろう。
 そして、彼女の心づくしがまだあった。荷物の隅に新聞紙に包まれた殻付きのソラマメが10本入っていた。私にとって初物のソラマメだ。
 彼女は我が家のもっと北、鉾田市の海辺に、新築した家でご主人と二人で住んでいる。定年退職したら、海の近くに住むことは釣り好きのご主人の希望だったらしい。
 ご主人は毎朝嬉々として釣りに出かけ、持ち帰った魚をさばくのは、彼女の仕事だとか。釣果はご近所にも配るので、野菜を作っている人からは新鮮な野菜をいただくらしい。このソラマメも頂いたものだろうか、ふっくらとしていて新鮮で美味しそうだ。
 すっかり暮らしに馴染んでいる様子が伝わってくる。

 私が茶道の稽古で和服を着るようになったのは、向島の稽古所に通うようになった5,6年前からである。稽古を始めた当初は、娘たちも小さかったし、仕事帰りだったので1時間ばかり先生宅に寄って一服いただいて帰宅した。お茶にはリラックス効果があるので、週に一度だけの幸せだった。
 友禅染の仕事をしているJ子さんに、稽古で和服を身につけるようになったと告げると、彼女も仕事柄茶道の稽古をしていたので、何枚あってもいいのだからと、使っていない着物や帯を融通してくれた。タンスに入りきらないほどの袷(あわせ)と単衣(ひとえ)の着物と帯が送られてきた。
 あと何年お茶が続けられるかわからないが、当分楽しめそうである。