夕焼け
               福谷美那子


 終戦を迎えた年の暑い日暮れ、空に広がった夕焼けに私は思わず立ちすくんだ。その色は今まで見た夕焼けとは、全く違っていた。
 そのどす黒く、朱色の混じった雲は、不気味に空一面を占めていた。波打っているようにも見え、少しも動かず、威喝するように私の目に迫ってくるようにも見えた。
「なんだか、今日の夕焼け怖い」
 かたわらの母に訴えた。母は読んでいた新聞をかたわらに置くと、こんな話をした。
「いつもと違ったような色の、赤くやけた夕焼けの空はね。お国のため、血を流された兵隊さんを誰もが思い出すように、神様がなさったのかもしれない」
 ニッポンが戦争に負けたその日から、私は夕焼けを眺めては、見たこともない悲惨な戦場を想像した。子供心にも、負けたということは悲しく、日々不安であった。国のために命を捧げた兵士の身の上を考えたりもした。
 後年、佐藤佐太郎先生の全集を読んでいると、次のお歌に出会った。

 戦ひがそこにあるかとおもふまで悲しくもりのはての夕焼け

 このお歌を読んだ瞬間、目頭が熱くなった。私の胸のうちに、長い間、沈んでいた戦場の光景が、鮮やかに浮き上がって見えてきたのである。
 ある日、風の強い夕暮れ、私は裏山にあるなだらかな坂を上がって行った。夕焼けの空が見たかったのである。すると、自分の手の届きそうなところに騒がしいほどの夕焼け空があった。私は初めての経験に一瞬戸惑い、めまいを覚えた。山に登るとこんなに空が近くなるのであろうか? そのとき、ふいにこんな歌が浮かんできた。

 吹く風に押されてくればこの丘にしたたる如き夕焼に会ふ

 ようやく私は、一首夕焼けの歌を作ることができたのだ。そこはかとないうれしさにしだいに心が満たされていった。