譲り合い
                 黒瀬 長生

 確定申告のためA税務署に赴いた。そこには相談窓口が4つあり、それぞれ担当者が対応していた。
 しばらくすると、2番目の窓口が開き、一人の方が、その前の席に座った。それを見た担当官は、席を立ち待合席にいる一人の方のところに歩み寄って話しかけた。
「順番が前後しますがよろしいでしょうか」
「なぜですか……」
「午前中から引き続いて対応している方ですので、すぐ済みますが……」
「そんなことにはならんだろう。順番どおりやれ……」
 担当官は、「分かりました。順番どおりにいたします」
 と、言って声を荒げた方の対応を始めた。その方は担当官と20分間ほど話し合っていたが、席を立つとき「先ほどは大人気ないことを言いまして……」と頭を下げて帰った。
 次に、先ほど席に座った方が担当官に呼ばれた。「私が順番を無視して申し訳ありませんでした」と、照れ笑いしながら席に座った。要件は3分で終わった。
 この細やかなトラブルは両者が譲り合わなかったため生じたのである。一方は軽視されたと腹を立て、他方は午前中からの引き続きだと安易に考えたからであろう。お互い冷静になれば反省しているのに……。

 こんな光景に巡り合って、数日経った休日である。女房と車で紅葉見物に出かけた。目的地は愛媛県と高知県の県境近くの滑床(なめとこ)渓谷である。2時間半ほどで渓谷に辿り着いた。渓谷には大きな滝があった。高さ100メートル、幅20メートルぐらいの巨大な岩肌を大量の流水が滑るように滝壺に落ちていた。
 渓谷の紅葉を堪能して帰路についた。その道中にある道の駅『虹の森公園まつの』に立ち寄った。道の駅は国交省道路局の認めた施設で、レストランや休憩所、地域で作られた野菜、果物、特産の土産品などを販売している。
 どうしたことか、店頭の広場には身動きできないほど人々が集まり混雑している。何か催し物でもしているのかと思ったが、そんな様子もなかった。そのうち、3時から餅撒(もちま)きがあると分かった。腕時計を見ると3時20分前である。なるほど集まっている人々はそれぞれビニール袋を手にしている。また、店舗の屋上には10名ほどの男性の頭部が見え隠れしている。
 3時5分前になった。地区の名士の風貌をした方が梯子を登って店舗の屋上に立つと、「町長さん」と、あちこちから声が上がった。

 餅撒きは、私の生まれた地域では自宅を新築したときの上棟式や神社の祭り、盆踊りなどで行われている。餅を撒く人は高台から群衆に向かって餅を撒く。それを群衆が必死で拾う。威勢よく楽しいものである。
 私は、この餅撒きのときは人込みから離れて最後尾にいる。それは一個だけ拾えばいいという気持ちが強いからである。
 いよいよ定刻の3時になった。町長さんが大きな餅を頭上にかざして投げた。それを合図に、先ほどから店舗の屋上で待機していた方々が一斉に餅を投げ始めた。
 悲鳴のような歓喜の声が上がった。群衆は必死で餅を拾い始めた。餅を両手でつかむ人、這いつくばりながら拾う人、人々の体が前後左右に揺れた。そのうち、私の足元に一個の餅が転げてきたので労せずに拾うことができた。これで、気楽に餅撒きの光景を眺めればいいのである。
 相当量の餅が用意されているのか、みんなのビニール袋はだんだん膨らんできた。そんなときであった。私の足元にまた一個の餅が転げてきた。私はこれ幸いと手を出した。それと同時に私の左に立っていた60代半ばの男性が手を伸ばした。一つの餅に二人の手が載った。私は、一瞬どうしようかと迷った。相手の方も同じようなことを考えていたようである。お互いが、「どうぞ……」と言って餅から手を放した。そのとき、どこからともなく伸びてきた手がその餅を奪い去った。その手は50代のご婦人の手であった。
 この瞬時の出来事に驚き、私は先の男性と苦笑いした。この餅は、まだ私のものとも男性のものとも決まっていなかった。それを両者が譲り合ってどちらのものにするか迷っていたときである。まさに、謙譲の美徳に付け込む魔の手である。
 しかし、その餅をそこに残したまま、「どうぞ……」「どうぞ……」とお互いが譲り合うのも滑稽な話である。また、どちらかがその餅を手にとって、「どうぞ……」と相手に手渡すのもこれまた失礼な話である。その点では、そんな煮え切らない状況を、一刀両断のもとに処理する魔の手も必要なのかもしれない。譲り合いもほどほどにすべきだ、と教えられた一件である。